2007年12月09日

反日英字新聞 ジャパンタイムズ

英字新聞の変身

 『ジャパンタイムズ』が、条約改正を悲願としていた日本への偏見・誤解を解くことを狙って、政財界肝煎りの支援で創刊されたのは明治三十年のことであったが、主たる読者であるはずの外国人の評価はあまり芳しいものではなかった。日露戦争後になっても五千部しか売れなかった同紙が存続できたのは、外務省の支援があったからである。戦時中には日本の立場を対外宣伝するためのメディアとして重視され、海外でも売れ行きが増した。昭和十八年に『ニッポンタイムズ』と改題したのは、「ジャパン」が敵性語と見なされたためであるが、その際の社告を見ると、「大東亜共栄圏で最も影響力のある代表格の外国語新聞」であると白賛している。

 軍国政府の最有力な英字紙として軍部のプロパガンダを担った同紙は、敗戦によって皮肉にも史上空前の部数増加を見た。日本語の読めない進駐軍やその家族、それに外国の記者までが、東京で唯一の英字紙に情報を求めたためである。もちろん、短期間のあいだに同紙の性格は一変していた。九月十五日には同紙への事前検閲がすでに始まっていた。十月八日に始まった他紙の検閲に先んじていたのは、英文の検閲が容易なためであった。すべての記事を事前に検閲に出せという命令に従わなかったため、九月二十日に発禁処分を食らっている(『GHQ日本占領史』第十七巻、日本図書センター)。その後の同紙は、アメリカ生れの二世やアメリカ生活の長い日本人が幹部となり、日本政府から財政的にも自立して、読者の過半を占める占領軍関係者に歓迎される新聞としての道を歩むこととなる。

 同紙はGHQからの情報提供を歓迎し、GHQの資料でも「占領軍のショウウィンドウ″」であると評価されるようになった。日本の「民主化」を意図した編集活動がそのなかに含まれていたことはもちろんである。GHQの覚えがめでたい同紙は、用紙割り当てでも格別の優遇措置を受けていた。他の新聞が二頁しか出せないときに、毎日四頁に加え、週一回は八頁のタブロイド判を出し、アメリカの漫画を掲載している。GHQは同紙についてこんな評価をしている。

「一九四〇年から降伏まで、『ニッポンタイムズ』は外務省の紛れも無い代弁者で、同紙を道具に使って、国際関係における日本の立場を伝える好都合なプロパガンダが外国に向けてなされた。終戦とともに同紙は、自主的な編集方針をとれるようになった。……同紙は異常なほど大きなスペースを占領当局の方針や政策の解釈にあて、それへの終始変わらぬ称賛を示している」云々。

 占領軍の政策に対する忠実な犬となった同紙は、他紙のように戦争責任を問われることもなかった。かつて日本政府によって支えられた同紙は、いまや新たな占領政府によって、三万部もの一括購入をはじめ、手厚い保護と奨励を受ける身となり、広告収入も激増して我が世の春を謳歌できるようになった。昭和三十一年同紙は、紙名を昔の『ジャパンタイムズ』に戻している。

岡本幸治「骨抜きにされた日本人」検閲、自虐、そして迎合の戦後史

平成十四年一月二十一日
PHP研究所
ISBN 4-569-61938-X
posted by 爲藏 at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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